ここでは飛雲会の活動をご報告して行きたいと思います。
 
「月の夜の宴」に参加して  池上妙子       2016.10.13  於 よし川新別館 
 

古典芸能を鑑賞する時、私は色彩や様式美に目が行く。しかし、今回の会では、耳に集中できた。折しも天候は曇りぎみで、明かりが乏しいのも幸いした。

 肉声が直接身体にしみこんでくるような気がした。祈りを感じることができた。出来事を語ることが、祈りになるという。福島の地震の時、「心のケアお断り」という張り紙が出る中、阪神から来たボランティアは、見事だったという。彼らは「テーブルにこぼした水を、そっと拭き取るようであった。」と言われている。寄り添って、黙って吸い取ってゆく、というあり方。熊谷が敦盛に寄り添い、熊谷に能楽師が寄り添って吸い取った何かが、伝わって来たのかもしれない。能楽堂ではないからこそ、こうなったのだと思う。貴重な体験だった。

 古典の「敦盛の最期」を読むたびに、敦盛が持っていた笛の音は、どんなだったのだろうと思っていた。平和で豊かな場所で聴くのでは、いまひとつ違うのかもしれないが、それでも、静かな月夜の中に流れる笛の音に耳を傾けながら、乱世の夜を想像してみた。敦盛はどんな曲を吹いていたのだろう、と思ってみた。

 電気を通さず、生の音を聴くことのぜいたくを堪能した一夜だった。


会の始まり。皆さんお席について 

今日の会の進行を説明 

お笛の先生からのお話 

連吟「敦盛」

舞囃子「融」 

先生方も会食に参加してくださいました  

お話しながら会食 

宴が終りお庭でお月見。月見縁から謡が! 

お笛も、、。
 
 
優雅〜な心地
 
 お着物の方も多く華やかでした!

 謡が終わって先生方もお月見!
 
 
 
6回七葉会に参加して 遊佐 昌樹  
 毎年8月に、内藤先生始め7名の先生が各々主催される同門会の連合発表会である、「七葉会」が開催されます。子p年は8月13日14日の両日、東京水道橋宝生能楽堂で行われました。
飛雲会では、東京、川口、それに名古屋の各教室から多数の参加があり、日頃の圭子の成果を披露しました。
素謡、連吟、仕舞、舞囃子など発表形式は様々で、盛り沢山の内容となりました。恒例の、先生方による番外仕舞では、参加者一同息を詰め手舞台に視線を集めました。
私は内藤先生のご指導の下、この夏だ5回目の参加となりました。自分の発表の出来具合が一番気にかかるのは致し方ない所でしょう。
ですが、回数を重ねるごとに楽しみなのは、他の同門会からの発表が近くでたくさん拝見できることです。
声の表情の微妙な違いや、所作にメリハリがうまくつくことで、表情がガラッと変わってしまうなど、日頃の稽古の場では気づきにくいことが他人の舞台から体感されることは、稽古の会ならではの醍醐味と思います。
すべてのプログラムの終了後、懇親会が後楽園飯店で催されました。各先生から初舞台の方、ご高齢の方、学生やお小さい方で参加の方などの紹介や、同門会員へ激励のことばをいただきました。
丸テーブルに分かれて中華料理コースを堪能しつつ懇親を深めました。なごやかなうちに会も進み来年への趣向の一部がアナウンスされるなどして散会となりました。
例年そうなのですが、七葉会をもって一区切り、気分新たに今後の稽古に精進したいと思います。
 
   
   
   
 
 内藤先生「石橋」披キ祝う会       廣瀬安司   2016.514
 わたしどもの御師である内藤飛能先生が、このたび宝生流の大習いとなっている能「石橋」を、去る
5月14日、宝生能楽堂に於いて演じられ、勇壮にして端正な「獅子」の舞は、たいへん難しいとされている大曲で、能楽の世界に於いては「披く」(ひらく、初演する)と初めて一人前の能楽師と認知されているが、この舞を一糸乱れず終始果敢に且つ冷静に挑戦されさせ、観客を見事に魅了されは固唾をのんだ。将来、立派な能楽師としての基盤を築かれた感がした。
 終焉後、飛雲会会員一同で盛大な祝賀会に臨んだ。関係者のご挨拶に引き続き、宝生流二十代宗家の宝生和英師のご挨拶を戴き、盛祝にお祝いの席が催された。この挨拶の中には、将来を慮っての厳しい激励とも思われるご挨拶が滲み出ていて、将来を鼓舞するかのような辞でもあり、芸の世界の厳しさを思わせ身が引き締まった。ともあれ盛況裡の終え、楽しいお祝いの席であった.
 
 

 2016年3月26日  於 名古屋 八事 興正寺
参加されたHさんからの投稿です
 

「さくらカレッジ」、とても夢のあるネーミング!と思いながら、秋は「もみじカレッジ」なのかしら?と高齢者の自動車に貼るマークを思い出しながら、一人ニンマリとしておりました。

3月26日、八事「興正寺」で行われた能のワークショップには20人の定員に対して、倍の申し込みがあったそうです。参加された方々はやはり40代以上の方が多く、子供さんも1名お母さんと一緒に参加されていました。

講師の宝生流シテ方、内藤飛能先生から、まずお能の歴史のお話から始まりました。

細かい年代は覚えておりませんが、昔は猿楽と呼ばれ雅楽や大陸からの音楽が入り混じっていたものを、室町時代に「世阿弥」が完成させたもの、と言うことでした。

お話だけでなく、実演として能「羽衣」のお仕舞(能の一部分の舞)を講師の先生が舞ってくださいました。詞章を書いてもらった資料を、事前に読んでいたので、謡の意味も良く分かり、改めてこういう文句だったのか、理解できました。天人は美保の松原から、富士山の頂上を通って天へ帰って行くのですねぇ。

その後、能「猩々」の装束をつけてくださいました。赤頭(あかかしら)と言われる長い毛は何で出来ているか?実物の猩々の面、唐織の装束、緋の大口(袴の一種)など、全部実物を見せていただき、実際にモデルなった人に着せてくださいました。唐織の重厚なのに軽く、思ったより面の小さいことなどに驚きながらワクワクしながら拝見させていただきました。

最後はその『猩々』の一部分をみんなで謡わせていただきました。先生の後についてオウム返し。これが古来からの伝統的な日本のお稽古の仕方だそうです。

長いようで短かった80分、また機会がありましたら是非参加させていただきたいです。

ありがとうございました。

 
装束付けの実演

 
仕舞の実演 

 
 
2016年4月29日(祝) 伊勢神宮奉納飛雲会  
Nさんからの投稿です
 
伊勢志摩サミット参加の各国首脳陣より一足お先に、私たち飛雲会のメンバーは、4月29日、伊勢の地に集うことになりました。観世流太鼓  長生会さまの例会に協力という形で参加奉納させていただき、内宮  参集殿の能舞台で拙い謡と仕舞を披露いたしましたが、神様ははたして喜んで下さったかしら?
当日は少し風が強く、屋外の能舞台は初めてのことで、みな少々戸惑いながら、一日が終わりました。
2000年の歴史を持つ神宮の森を渡る風は、はるか遠い祖先からの贈り物のように感じられる一日でした。

 
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